配偶者居住権の設定:不動産相続での活用とデメリット、生前準備の選択肢

配偶者居住権とは?その概要と目的

相続が発生した際、残された配偶者の居住を保障するための制度として「配偶者居住権」があります。これは、高齢化社会の進展とともに、住み慣れた家を失うことへの不安を軽減し、配偶者の生活を安定させる目的で2020年4月1日に施行されました。

配偶者居住権は、故人(被相続人)が所有していた建物に、相続開始時に配偶者が居住していた場合に、その建物の全部について、終身または一定期間、無償で居住できる権利を指します(民法第1028条第1項)。これは、不動産の所有権とは切り離された「居住する権利」であり、所有権は別の相続人が取得することも可能です。

似た制度に「配偶者短期居住権」がありますが、こちらは相続開始から遺産分割までの一定期間(原則として6ヶ月間)、無償で居住できる権利であり、配偶者居住権とは存続期間や要件が異なります(民法第1038条)。配偶者居住権は長期的な居住を目的とする点で、短期居住権とは区別されます。

参照元:法務省「配偶者短期居住権・配偶者居住権」

配偶者居住権のメリット:残された配偶者の生活安定

配偶者居住権を設定することには、いくつかのメリットが考えられます。

  • 居住の確保
    最も大きなメリットは、残された配偶者が住み慣れた自宅に住み続けることができる点です。他の相続人が不動産の所有権を取得した場合でも、配偶者は住居を失う心配を軽減できます。
  • 相続財産の分配の調整
    不動産の所有権を配偶者が取得すると、その評価額が大きく、配偶者の相続分が膨らむ可能性があります。配偶者居住権を設定することで、所有権の評価額から居住権の評価額を差し引いた分が所有者の相続分となり、配偶者の相続分は居住権の評価額に留まります。これにより、他の相続人にも相続財産を分配しやすくなり、遺産分割がスムーズに進む場合があります。
  • 相続税評価額の圧縮
    配偶者居住権の評価額は、所有権の評価額よりも低くなることが一般的です。そのため、配偶者が取得する権利の相続税評価額を抑えることにつながる可能性もあります。

配偶者居住権の設定方法と条件

配偶者居住権は、以下のいずれかの方法で設定できます。

  1. 遺言による設定
    故人(被相続人)が遺言書で配偶者居住権を設定する旨を明記する方法です。この場合、遺言に従って権利が発生します。
  2. 遺産分割協議による設定
    相続人全員で遺産分割協議を行い、配偶者居住権を設定することについて合意する方法です。合意が成立すれば、その内容に基づいて権利を設定できます。
  3. 家庭裁判所の審判による設定
    遺産分割協議で合意に至らない場合、家庭裁判所に遺産分割審判を申し立て、裁判所の判断によって配偶者居住権を設定してもらう方法もあります。

配偶者居住権が成立するためには、以下の要件を満たす必要があります(民法第1028条第1項)。

  • 被相続人の配偶者であること。
  • 被相続人が亡くなった時、被相続人所有の建物に居住していたこと。
  • 遺産分割、遺贈または死因贈与によって配偶者居住権を取得すること。

配偶者居住権は、登記することで第三者に対しても権利を主張できるようになります。不動産の所有権移転登記と同様に、配偶者居住権も登記することをおすすめします。

参照元:e-Gov法令検索「民法」

配偶者居住権のデメリットと注意点

配偶者居住権は、残された配偶者の生活を安定させる上で有効な制度ですが、その設定にはいくつかのデメリットや注意点も存在します。制度の利用を検討する際は、これらの側面も考慮に入れることが重要です。

所有者の負担

  • 維持管理費用と修繕義務
    建物の所有者は、配偶者居住権が設定された建物の基本的な維持管理費用(大規模修繕費用など)を負担する可能性があります。配偶者(居住権者)は通常の必要費(小規模な修繕費など)を負担しますが(民法第1031条)、所有者もその責任を負う場合があります。
  • 不動産売却の制限
    配偶者居住権が設定された不動産は、居住権が消滅するまで所有者が自由に売却することが難しくなります。売却できたとしても、居住権が付いた状態では市場価値が著しく低下する可能性が考えられます。
  • 固定資産税の負担
    固定資産税は原則として登記上の所有者に課税されます。そのため、配偶者居住権が設定された建物の所有者は、居住していないにもかかわらず、固定資産税を負担するケースが一般的です。ただし、遺産分割協議等で居住権者が負担する旨を定めることも理論上は可能です。

居住権者の制限

  • 譲渡・転貸の原則禁止
    配偶者居住権は、居住権者自身の居住のために認められる権利であり、原則として第三者に譲渡したり、建物を転貸したりすることはできません(民法第1029条)。そのため、居住権者は、その建物から転居する場合でも、賃貸収入を得ることは難しいでしょう。
  • 修繕義務
    居住権者には、善良な管理者の注意をもって建物を使用し、通常の必要となる修繕を行う義務があります(民法第1032条)。この義務を怠ると、居住権が消滅する可能性もあります。

二次相続への影響

  • 遺産分割の複雑化
    配偶者居住権が設定されている間は、所有権と居住権が分離した状態となります。居住権者の死亡によって居住権が消滅した後に、その不動産が残された相続人によって再度相続される(二次相続)際には、その時点での不動産の評価や他の相続人との関係性によって、遺産分割が複雑になる可能性も考えられます。
  • 不動産の評価額の変動
    居住権が設定されている期間は、所有権の市場価値が制限されるため、その評価額は低めに抑えられます。居住権が消滅すると、所有権の価値は回復する可能性がありますが、その時点での市場状況にも左右されます。

将来的な出口戦略の難しさ

配偶者居住権を設定すると、居住権者が存命である限り、原則としてその不動産の売却や建て替えといった自由な処分が難しくなります。将来的に不動産を売却して資金を得たいと考えている場合や、老朽化に伴う建て替えを検討している場合は、この点が大きな障害となる可能性があります。権利設定時に将来の展望も考慮し、慎重な検討が求められます。

参照元:e-Gov法令検索「民法」

配偶者居住権と不動産処分の選択肢

配偶者居住権の設定を検討する際は、その不動産を将来的にどのように扱うかという視点も重要です。ここでは、「売る」「貸す」「何もしない(保有する)」という3つの選択肢について、配偶者居住権が設定されている場合のメリット・デメリットと、それぞれの選択肢が向いている人を整理します。

売る(売却)

配偶者居住権が設定されている不動産を売却することは、原則として困難です。居住権が付着している不動産は、購入希望者にとって利用上の制約が大きいため、市場価値が大幅に低下する傾向にあります。居住権者が売却に同意した場合や、居住権を放棄した場合を除き、自由に売却することは難しいでしょう。

  • メリット
    居住権者が居住を諦め、所有者と共に売却に合意した場合、現金化により相続人全員で資産を分配できる可能性があります。
  • デメリット
    居住権が付いている間は、売却価格が低くなる、または売却自体が成立しない可能性が高いです。居住権者の同意を得る必要があります。
  • 向いている人
    配偶者が転居を希望しており、所有者と居住権者双方で売却に合意できる場合。あるいは、相続発生時点で不動産を処分し、現金で相続したいと考える相続人がいる場合。

貸す(活用)

配偶者居住権は、居住権者が建物を自分で使用することを目的とした権利であり、原則として第三者に賃貸することはできません(民法第1029条)。したがって、居住権が設定されている間は、不動産を賃貸物件として活用し、収益を得ることは難しいと考えられます。

  • メリット
    居住権が消滅した後であれば、不動産を賃貸物件として活用し、継続的な収益を得る選択肢も考えられます。
  • デメリット
    居住権が設定されている間は、賃貸活用による収益化は原則としてできません。所有者は維持管理費用を負担し続ける必要があるかもしれません。
  • 向いている人
    居住権消滅後、長期的に安定した家賃収入を得たいと考えているが、当面は配偶者の居住を優先したい場合。

何もしない(保有)

配偶者居住権を設定した上で、そのまま不動産を保有し続ける選択肢です。これは、配偶者が終身にわたり住み続けることを希望し、他の相続人もそれに同意している場合に多く見られます。

  • メリット
    配偶者が住み慣れた環境で生活を継続できる安心感があります。相続人間での争いを避け、円満な遺産分割につながる可能性もあります。
  • デメリット
    所有者は固定資産税や建物の維持管理費用を負担し続ける必要があります。不動産の老朽化リスクや、将来的な活用・処分が制限される点は考慮が必要です。また、二次相続発生時に、改めて不動産の分割や評価が課題となる可能性も考えられます。
  • 向いている人
    配偶者が自宅での居住を強く希望し、他の相続人もこれに異論がなく、所有者が費用負担を許容できる場合。将来的な不動産の流動性よりも、現在の配偶者の居住安定を重視するケースです。

生前からの準備と対策:トラブル予防のために

配偶者居住権は、残された配偶者の生活を安定させるための有効な制度ですが、その設定や運用にはメリットとデメリット、そして複雑さが伴います。相続発生後のトラブルを未然に防ぎ、関係者全員にとって円満な解決を図るためには、生前からの準備と対策が重要になります。

  • 遺言書の作成
    故人(被相続人)が自身の意思で配偶者居住権を設定したいと考えるのであれば、遺言書にその旨を明確に記載しておくことが最も重要です。遺言書があれば、相続発生後の遺産分割協議で配偶者居住権の取り扱いを巡って意見が対立するリスクを軽減できます。また、存続期間や負担の分担についても、遺言で指定することが可能です。
  • 家族会議での合意形成
    生前のうちに、家族間で相続に関する話し合いの場を設けることも有効です。配偶者居住権の制度やその影響について、相続人となる可能性のある全員が理解を深め、お互いの意向を確認し合うことで、将来的な紛争を予防できることがあります。特に、不動産の維持管理費用や固定資産税の負担について、事前に話し合っておくことをおすすめします。
  • 専門家への相談
    配偶者居住権の設定や、それに伴う不動産の評価、税金、他の相続人への影響など、専門的な判断が必要となる場面が多くあります。行政書士や税理士、弁護士などの専門家に早めに相談し、自身の状況に合わせた最適な選択肢や対策についてアドバイスを受けることが、トラブル回避への道となります。

生前からの計画的な準備は、配偶者居住権の有効活用だけでなく、家族間の絆を維持し、円滑な相続を実現するための大切な一歩と言えるでしょう。

Q&A

Q1: 配偶者居住権は誰でも利用できるのでしょうか?

A1: 配偶者居住権を利用できるのは、被相続人の「配偶者」に限定されます。また、相続開始時に被相続人が所有する建物に実際に居住していたこと、遺言や遺産分割協議などで権利を取得することなどの要件を満たす必要があります。

Q2: 配偶者居住権を設定した後、不動産を売却することは可能ですか?

A2: 配偶者居住権が設定された不動産は、原則として居住権が消滅するまで、所有者が自由に売却することは困難です。売却するには、居住権者の同意を得るか、居住権を放棄してもらう必要があります。居住権が付着したままでの売却は、一般的に市場価値が大幅に低下する可能性があります。

Q3: 配偶者居住権を設定した場合、固定資産税は誰が払うのですか?

A3: 固定資産税は、原則として登記上の「所有者」に課税されます。そのため、配偶者居住権が設定されている場合でも、建物の所有権を持つ者が固定資産税を負担するケースが一般的です。ただし、遺産分割協議などによって、居住権者が負担する旨を定めることも理論上は可能です。

まとめ

配偶者居住権は、残された配偶者が住み慣れた自宅に住み続けられる安心感を確保しつつ、他の相続人への財産分配のバランスを取るために設けられた制度です。その設定には、配偶者の居住安定という大きなメリットがある一方で、不動産所有者の負担や将来的な不動産処分の制限、二次相続への影響といったデメリットも存在します。

この制度を有効に活用し、相続人間でのトラブルを避けるためには、遺言書による明確な意思表示や、生前からの家族会議を通じた合意形成が大切です。また、不動産の評価や税務、法的な手続きは複雑になることも多いため、必要に応じて行政書士や税理士などの専門家へ相談し、ご自身の状況に合わせた最適な計画を立てることが、円滑な相続への一歩となるでしょう。

本記事でご紹介した内容は、一般的な制度や考え方を整理したものです。

不動産の評価や負債の有無、ご家族の関係性など、個々の状況によって最適解は異なります。

ご自身のケースを客観的に整理したい場合は、初回相談を無料でお受けしています。

状況の確認が必要な方は、お気軽にお問い合わせください。

本記事の内容は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案については必ず専門家にご相談ください。

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