家族信託と遺言を併用するメリットと注意点|相続不動産を円滑に次世代へ承継する選択肢

相続が発生した際や、今後の相続に備える際、大切な不動産をどのように次世代へ引き継ぐかは重要な検討事項です。特に、高齢化社会の進展に伴い、認知症などによる資産凍結のリスクも懸念される中、生前の対策の重要性が高まっています。不動産の承継を円滑に進めるための選択肢として、遺言と家族信託が挙げられますが、これらを併用することで、より柔軟かつきめ細やかな対策が可能となる場合があります。

本記事では、遺言と家族信託それぞれの特徴を比較し、これらを併用することのメリットや注意点、さらに相続不動産をスムーズに引き継ぐための具体的な検討ポイントについて解説します。

目次

遺言と家族信託の基本的な仕組みとそれぞれの役割

まず、遺言と家族信託それぞれの基本的な仕組みと、相続不動産の承継においてどのような役割を果たすのかを確認しましょう。

遺言の基本と不動産承継における役割

遺言とは、自身の死亡後に財産を誰にどのように引き継がせるかを意思表示する法的な文書です。民法に定められた方式に従って作成する必要があり、一般的に自筆証書遺言と公正証書遺言があります。

遺言を作成することで、特定の不動産を特定の相続人や受遺者(遺言によって財産を受け取る人)に承継させることが可能になります。これにより、遺産分割協議の手間を省き、相続人間に起こりうるトラブルの予防に役立つ場合があります。特に不動産は分割が難しい財産であるため、遺言による指定は有効な手段の一つです。

(遺言の方式)
第九百六十条 遺言は、この法律に定める方式に従わなければすることができない。

出典: 民法 | e-Gov法令検索

家族信託の基本と不動産管理・承継における役割

家族信託とは、特定の財産(信託財産)を、特定の目的(信託目的)に従って、信頼できる家族などに管理・処分してもらう契約です。財産を託す人を「委託者」、財産を管理・運用する人を「受託者」、信託財産から利益を得る人を「受益者」と呼びます。不動産を信託財産とすることで、委託者の意思能力が低下した場合でも、受託者が管理や運用を継続できます。

不動産の所有権は受託者に移転しますが、受益権は委託者(または指定された受益者)が保持します。これにより、委託者の判断能力が低下した後も、受託者が不動産の賃貸管理や修繕、あるいは売却といった行為を行うことが可能となり、財産の凍結を防ぎ、家族の生活維持や不動産の価値保全に役立つことが期待されます。また、信託契約で、委託者の死亡後の財産の承継先を複数世代にわたって指定することも可能です。

(信託の設定)
第三条 信託は、次に掲げる方法のいずれかにより設定する。

  1. 特定の者との間の契約
  2. 特定の者に対する遺言
  3. 信託宣言(特定の者が一定の目的に従い自己の有する財産の管理又は処分及びその他の行為を特定の者にさせないで自らこれを行う旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録で作成する方法をいう。)

出典: 信託法 | e-Gov法令検索

遺言と家族信託を併用するメリット

遺言と家族信託はそれぞれ異なる強みを持つため、これらを併用することで、単独では実現しにくい多様なニーズに応えられる可能性があります。

柔軟な財産管理と承継の実現

家族信託は、生前の財産管理に大きな柔軟性をもたらします。例えば、委託者自身が元気なうちは受益者として不動産収益を受け取り、判断能力が低下した場合には、受託者である家族が売却や賃貸管理を継続できます。これに遺言を組み合わせることで、信託財産以外の財産(預貯金やその他の不動産など)の承継先を明確に指定でき、全体的な財産承継計画をより細かくコントロールできるでしょう。

認知症対策と特定財産の計画的な承継

家族信託は、委託者が認知症などにより判断能力を喪失した場合でも、信託財産が凍結されるリスクを軽減する効果が期待できます。受託者が事前に定められた信託目的に従って不動産を管理・運用するため、例えば賃貸不動産の収入が途絶えたり、修繕ができなくなったりといった事態を避けることが期待できます。特定の不動産を次の世代へ引き継ぐことを目的とする場合、信託契約内で承継者を指定することで、スムーズな引き渡しを目指せます。

二次相続以降の指定

遺言は原則として一次相続(遺言者の死亡による相続)の範囲でしか効力を持ちません。しかし家族信託では、信託契約内で「一次受益者が死亡した場合、その次は〇〇を二次受益者とする」といった形で、受益権の承継者を複数世代にわたって指定することが可能です。これにより、「まずは配偶者に自宅の受益権を、その配偶者が亡くなった後は子どもに受益権を引き継がせる」といった、長期的な承継計画を立てることができます。遺言で実現が難しい二次相続以降の承継を計画したい場合に、家族信託は有効な選択肢となりえます。

併用する際の主な注意点と検討事項

遺言と家族信託の併用は多くのメリットを持つ一方で、注意すべき点もあります。計画を進める前に、以下の項目を検討することをお勧めします。

遺言と信託契約の内容の整合性

遺言と家族信託を併用する場合、両者の内容に矛盾がないように細心の注意を払う必要があります。例えば、遺言で特定の不動産をAさんに相続させると指定しているにもかかわらず、その不動産が既に家族信託の信託財産となっており、信託契約ではBさんに受益権を承継させると定めているようなケースです。このような矛盾が生じると、トラブルの原因となる可能性があります。信託した財産は遺言の対象外となるのが原則的な考え方ですが、どちらが優先されるかといった解釈が争点になる可能性も考慮し、整合性を保つことが重要です。

費用と手続きの複雑さ

遺言作成にも費用が発生しますが、特に公正証書遺言の場合、公証役場の手数料が必要です。家族信託も、信託契約書の作成費用、不動産の登記費用(登録免許税)、信託契約の内容によっては司法書士や弁護士などの専門家への報酬が発生します。両方を併用するとなると、それぞれの手続きが必要となり、費用も単独で作成する場合よりも増える傾向があります。また、それぞれの仕組みを理解し、適切に設計するためには専門知識が求められるため、手続きが複雑になる可能性も考慮に入れる必要があるでしょう。

遺留分に関する配慮

遺言や家族信託によって特定の相続人へ財産を集中させる場合、他の相続人の「遺留分」を侵害してしまう可能性があります。遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる、最低限の相続財産の割合を指します(民法第1042条)。遺留分を侵害する内容の遺言や信託契約も無効にはなりませんが、侵害された相続人から遺留分侵害額請求を受けると、トラブルに発展するおそれがあります。遺言や家族信託の内容を検討する際には、遺留分にも配慮し、事前に相続人間で話し合いを持つなど、円満な解決を目指すことが望ましいでしょう。

(遺留分権利者及び遺留分の割合)
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次に掲げる区分に応じてそれぞれに掲げる割合の財産を受ける。

  1. 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
  2. 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

出典: 民法 | e-Gov法令検索

専門家との連携の重要性

遺言や家族信託は専門性の高い制度であり、特にこれらを併用して複雑な設計を行う場合には、法律や税務に関する専門知識が不可欠です。行政書士、司法書士、弁護士、税理士などの専門家と連携し、ご自身の状況や目的に合った最適なプランを検討することをお勧めします。専門家は、法的な要件の確認、契約書の作成支援、税務上の影響の事前評価など、多岐にわたるサポートを提供してくれます。

相続不動産における具体的な併用活用例

遺言と家族信託を併用することで、相続不動産に関する多様なニーズに対応できる可能性があります。ここでは、具体的な活用例をいくつかご紹介します。

自宅不動産の円滑な承継と配偶者の居住権確保

自宅不動産は、多くの人にとって最も重要な資産の一つであり、配偶者の生活基盤でもあります。例えば、夫が委託者となり、自宅を受託者である長男に信託し、夫の存命中と死亡後は妻を受益者とすることで、妻は亡くなるまで自宅に住み続けることができます。さらに、妻が亡くなった後も、信託契約で受益権を長男へ承継させるよう指定しておけば、二次相続も円滑に進むでしょう。

これに加えて、遺言で信託財産以外の預貯金などを妻に遺贈する旨を定めておくことで、妻の生活資金の確保も図れます。このように併用することで、配偶者の居住権と生活資金の両方を確保しつつ、最終的な自宅の承継先も明確にできるでしょう。

賃貸不動産(収益物件)の管理と次世代への引き継ぎ

賃貸アパートやマンションなどの収益物件を所有している場合、委託者であるオーナーが認知症などで管理能力を失うと、家賃収入の滞納や修繕の遅れ、空室対応などが滞り、収益が悪化する可能性があります。このようなケースで家族信託を利用すれば、受託者である家族がオーナーに代わって物件の管理・運用を継続でき、安定した収益確保を目指せます。

さらに、信託契約で受益権の承継者を複数世代にわたって指定することで、物件が孫の世代まで引き継がれ、賃貸事業が継続できるよう設計することも可能です。信託財産以外の個人資産については、遺言で他の相続人へ均等に分配する、あるいは特定の相続人へ遺贈するといった指定をすることで、全体的な公平性や特定の意図を反映した承継が期待できます。

共有不動産の管理と将来的な処分を見据えた対策

兄弟姉妹で共有している不動産など、共有名義の不動産は管理や処分が難しい場合があります。共有者の一人が認知症になったり、意見の対立が生じたりすると、売却や大規模修繕といった重要な決定ができなくなるおそれがあります。

この問題に対して、共有者全員がそれぞれの持分を受託者(例えば信頼できる一人の兄弟や、専門家)に信託する家族信託を設定する選択肢があります。これにより、受託者が共有者全員の代表として不動産を一元的に管理・処分できるようになり、将来的な売却や大規模修繕が必要になった場合でも、円滑な意思決定が可能となる場合があります。信託財産以外の各共有者の個別財産については、それぞれが遺言を作成することで、個別の意思を反映した承継計画を立てることができます。

相続不動産の出口戦略:売る・貸す・保有するの選択肢

相続した不動産について、家族信託や遺言による承継を検討するのと並行して、その不動産を将来的にどのように活用していくかという「出口戦略」も重要な検討事項です。大きく分けて「売却する」「賃貸・活用する」「そのまま保有する」の三つの選択肢が考えられます。それぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の状況に合った選択をすることが大切です。

売却する場合のメリット・デメリットと向いている人

メリット:

  • 現金化により、相続税の納税資金を確保しやすくなります。
  • 不動産の管理負担や固定資産税などの維持費がなくなります。
  • 複数人で相続する場合、現金を分けることで公平な遺産分割を目指しやすくなります。

デメリット:

  • 売却時に譲渡所得税が発生する可能性があります。(特例の適用が可能な場合もあります。詳細は国税庁 | 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例をご確認ください。)
  • 市場価格や景気動向によって売却価格が変動する可能性があります。
  • 愛着のある不動産を手放すことになるかもしれません。

向いている人:

  • 相続税の納税資金が必要な方。
  • 不動産の管理に手間をかけたくない方。
  • 相続人が複数おり、公平な遺産分割を希望する方。
  • 不動産が老朽化しており、大規模な修繕費用をかけたくない方。

賃貸・活用する場合のメリット・デメリットと向いている人

メリット:

  • 定期的な賃料収入を得られます。
  • 相続税評価額を圧縮できる可能性があります。(賃貸割合に応じて評価額が下がることがあります。)
  • 不動産を物理的に手放すことなく、有効活用できます。

デメリット:

  • 空室リスクや家賃滞納リスクがあります。
  • 入居者対応や建物の修繕、維持管理に手間や費用がかかります。
  • 大規模修繕が必要な場合、まとまった資金が必要となります。

向いている人:

  • 継続的な収入源を確保したい方。
  • 不動産を相続税対策として活用したい方。
  • 賃貸管理のノウハウや時間的余裕がある、または管理会社に委託する資金がある方。
  • 将来的に売却することも視野に入れつつ、当面は収益化を図りたい方。

そのまま保有する場合のメリット・デメリットと向いている人

メリット:

  • 愛着のある不動産を手元に残せます。
  • 将来的な地価上昇や再開発の可能性に期待できます。
  • 急な引っ越しや家族の状況変化に対応しやすい可能性があります。

デメリット:

  • 固定資産税や都市計画税、維持管理費用(修繕費など)が発生し続けます。
  • 空き家の場合、老朽化や防犯上のリスクが高まる可能性があります。
  • 不動産の価値が下落するリスクもあります。

向いている人:

  • 不動産に特別な思い入れがあり、手放したくない方。
  • 当面は利用する予定があり、賃貸や売却の必要がない方。
  • 将来的な市場価値の上昇を期待できる立地や条件の不動産を所有している方。
  • 管理費用や税金などの負担を許容できる方。

Q&A: 家族信託と遺言の併用に関するよくある疑問

家族信託と遺言の併用について、よくある疑問にお答えします。

Q1: 信託契約で指定していない財産はどうなりますか?

家族信託は、信託契約で指定された財産(信託財産)のみに適用されます。信託契約で指定されていない財産は、通常の相続財産として扱われます。したがって、これらの財産については、遺言があれば遺言の内容に従って、遺言がなければ法定相続分に従って遺産分割協議が行われることになります。信託していない財産についても、自身の意思を反映させたい場合は、遺言を作成することが有効な選択肢となりえます。

Q2: 遺言と家族信託で内容が矛盾した場合はどうなりますか?

原則として、信託契約によって信託された財産は、信託の目的に従って管理・処分されるため、その後の遺言で信託財産について異なる指定がされていても、遺言の効力は及ばないと考えられています。しかし、信託契約の内容や遺言の作成時期、その財産が信託されたものか否かなど、個別の状況によって解釈が異なる場合もあります。このような事態を避けるためにも、遺言と家族信託は、内容に矛盾がないように、専門家のアドバイスを受けながら慎重に作成し、整合性を保つことが重要です。

Q3: 家族信託を設定しても遺言は必要ですか?

家族信託を設定した場合でも、遺言の作成を検討することをお勧めします。家族信託は信託財産のみに効力を持つため、信託財産以外の財産(預貯金や美術品、自動車など)については、別途遺言で承継先を指定しない限り、遺産分割協議の対象となります。また、遺言は遺言執行者の指定や、祭祀承継者の指定など、家族信託では対応できない事項についても定めることができます。より包括的で円滑な相続を目指すためには、両者を適切に組み合わせることが有効な手段となるでしょう。

まとめ

家族信託と遺言の併用は、相続不動産をより柔軟かつ計画的に次世代へ承継するための有力な選択肢となりえます。生前の財産管理における柔軟性の向上、認知症対策、そして二次相続以降の承継指定など、それぞれの制度の強みを活かすことで、単独では実現が難しい多様なニーズに応えられる可能性があります。

一方で、両者の内容の整合性、費用、手続きの複雑さ、遺留分への配慮など、検討すべき事項も複数存在します。ご自身の家族構成、保有財産、将来の希望などを総合的に考慮し、専門家の知見も借りながら、最適な対策を講じることが大切です。

本記事の内容は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案については必ず専門家にご相談ください。

シェアする
  • URLをコピーしました!